つくば市北条にある古いお屋敷。 通称『矢中御殿』を覗いてみれば・・・ 懐かしいような、不思議な風景があちこちに。 そんな風景を、ちょっとつまみ食いしてみましょう(笑)。

2017年01月19日

日が暮れれば


寒さはまだこれからだが、陽はだいぶ伸びてきたように思える。
それでも雨戸を閉めた人気のない夜の屋敷は、やはりものさみしい感じがする。
昔よりも格段に明るい照明になっているはずなのだが、明るさだけの問題ではないのだろう。
ガラス越しに見える雨戸などは、今はほとんど目にすることがなくなった風景である。
かつて住んでいた方のお話では、子供の頃だったので夜の廊下がなんとも怖かったそうである。  


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2017年01月18日

気分だけでも暖かい?

冬の屋敷はとても冷え込む。
朝(と言っても10時前だが)屋敷に入ると、冷え込みがまだそのまま残っているようだ。
この時期4℃もあれば暖かいという感じで、下手をすると1℃とかであったりする。
さすがに一応屋内なので、この時間に氷点下ということはないはずではあるが・・・。
コタツを温めファンヒーターをつけて、室温が二桁になるには2時間ほどかかる。
だが見学者が来て開け閉めすると、たちまち室温は一桁台に下がってしまう。
それでも陽射しがあると射し込む光で、なんとなく暖かいような気になってしもうというのも不思議な話だ。  


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2017年01月16日

藪椿も咲き出した

傾斜地に建てられた屋敷には、当然段差が多くある。
何しろ表玄関に入るのにさえ、石段を登らなければならないのであるから。
それは当然前庭と中庭との高低差でもあり、屋敷の東脇には大谷石の擁壁がある。
屋内から見ると母屋の床の間の窓の向こうが、丁度その擁壁にかかる中庭の縁となる。
そしてそこには、屋敷の歴史を生き抜いてきただろうと思われる藪椿が生えている。
3mにも満たないその樹は、屋敷の庭では小さなものだ。
だが満開の時期に床の間から見る姿は、流石の貫禄と思えるほどである。
この寒気の中今年もその椿が花を咲かせ始めているのを、あっぱれと思って見ていただきたい。  


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2017年01月15日

”矢中の杜”始まりました

今年の屋敷の公開を、昨日(1月14日)から始めた。
生憎なことに、数年に一度とかの強い寒気が押し寄せた。
気温は上がらず風は刺すような冷たさで、これでは出かける人もあるまいと半ば諦めていたのであるが、遠方からもわざわざおいでになられた方もいたくらいである。
案内する方も見学する方々も、凍えるような寒さの中ではあったが、喜んでいただけたようである。
満足しいただけるようにご案内するので、どうぞ足を運んでいただきたい。  


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2017年01月13日

屋敷が目覚める

今年の屋敷の公開は、いよいよ明日1月14日からとなる。
今日は一月近く誰もいなかった屋敷の空気を入れ替え、一通りの屋内掃除を行った。
寒中とはいえ今日は比較的暖かで、屋敷の室内温度も4℃から5℃とかなり高めだ。
何しろ屋外の気温が10℃ほどあっても、屋内の気温はこんなものなのであるのだ。
一月近く閉め切っていても、何の匂いも気にならないのは屋敷の換気性の良さだろう。
だがそれは、暖房による暖かささえも放出してしまう両刃の剣でもある・・・。
まあとにかく凛とした美しさは楽しめるのであるが、寒さ対策は十分にしてきていただきたい。  


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2017年01月12日

別館玄関の床

屋敷の中で最初期に建てられたという、別館の一階部分。
建築には素人なので聞きかじりではあるが、鉄筋コンクリート製の外壁には大谷石のプレートが貼り付けてある。
木目のきれいな漆仕上げの欅材をふんだんに使い、天井は漆喰仕上げで壁は砂壁。
そして玄関の床は、当時流行していたという布目タイル。
もちろんタイルは高級品の、泰山製陶所製だそうである。
外側二列は茶系のタイルだけを使っているが、内側は茶系と黒系のタイルで市松に。
そして周囲を黒いセメントの研ぎ出しで囲ってあるのは、当時のモダンなスタイルだったのであろう。
この床と天井の漆喰仕上げは、手がけた左官職人の腕の見せ所であったと言う事になる。  


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2017年01月11日

雪華模様の襖


Wikipediaによると雪華模様とは、『江戸時代に入って古河藩主土井利位が雪の結晶を観察し、「雪華図説」にまとめ出版したところ、結晶図の美しさと完成度の高さから、雪の結晶の模様(雪華模様)は江戸庶民の間で流行し、着物や服飾小物、はては茶碗の模様にまで使われた。』とある。
若い人たちが今見ても、かなりモダンな感じがするようである。
この襖はかなり荒い布に型染めされているのだが、見学者で芭蕉布ではないかという人もいた。
もしそうだとしたらこれはまた、無茶苦茶高価な素材であることになるのだが・・・。
まあ龍次郎翁であれば、お気に入りの書斎の襖にそんな素材を使っていても不思議はないが。  


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2017年01月10日

姫椿の咲き始め

今週はどうやら、これから寒波が襲ってくるようである。
今日はまだ、晴れて過ごしやすい気温であったが・・・。
まあ今は寒中であるので、今月から来月にかけて雪があっても不思議ではないのだが。
それでもやはり、気付けば随分と寒さが穏やかな気が。
屋敷でも蝋梅の蕾や白木蓮の蕾が取りざたされるが、なんともう奥庭の姫椿が咲き出しているのを見つけた。
まだほんの数輪ではあるが、あたりの地面を埋め尽くすほど咲く怖るべき樹なのだ。  


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2017年01月09日

目覚め前


1月14日の今年最初の公開を控え、昨日今年初めて屋敷に人が入った。
ざっと見回ったところ、地震で掲示板が倒れていたくらいで、特に問題はなさそうであった。
「屋外よりも寒い」と定評のある屋敷の中は、入るなり吐く息が白くなるのに笑ってしまう。
半日ほどメンバーが集まっていたのだが、屋敷はまだ浅い眠りの中のようである。
さて週末前には、屋敷をちゃんと起こしに行かねばならないかな。  


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2017年01月08日

屋敷の蝋梅

屋敷にはいろんな樹木があるのだが、梅や桜の類は無い。
龍次郎翁が花木を嫌っていたわけでもなく、季節毎に色々な花を見ることができる。
一通りの雑草の処理が終わり庭の手入れを始めた時、幾つかの花木を植えてみた。
手入れが行き届かないせいもあり、新たな花はなかなか見ることができなかった。
それでもここに来て、苗木から育てた蝋梅に蕾がつき始めたのがなんとも嬉しい。
去年あたりから少しずつ花を咲かせ始めたが、今年は何本かの木に結構蕾がある。
あと何年かすれば屋敷の冬に、馥郁たる香りを漂わせるであろう。  


Posted by そらねこ at 22:59Comments(0)

2017年01月07日

そしてカーテン

昨日のカーテンロッドにはこんなカーテンが掛けられていたようで、今もここのカーテンだけは現存している。
西陣織と伝え聞く赤い厚手のカーテンで、さすがに退色はしてしまっているが朽ちてはいないのが驚きである。
さすがにこのカーテンは龍次郎翁でも、おいそれと新調しなおすわけにもいくまい。
おそらく建造当時のオリジナルと思われるので、四分の三世紀を経たものであろう。
和洋折衷のレトロモダンな屋敷は、昭和初期のキナ臭い時代に、こんな鮮やかな装飾をまとっていたのであったのか。
(カーテンの画像は、状態の良い部分を調整加工して表示しています)  


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2017年01月06日

カーテンロッド

昭和初期の建造にもかかわらず、屋敷にはガラス窓とともにカーテンが多用されていたようである。
調査開始当時の話からだと、どうやら白い木綿のカーテンが使われていたらしい。
ある意味それは、障子と同じような感覚だったのかも。
カーテンレールも重いものを使わない、スプリング製のものがほとんどである。
しかしただ一ヶ所別館の一階だけは、木製の二重のカーテンロッドが設えてあるのだ。
そしてそこに残されているのは色褪せたとはいえ、まだしっかりとしている西陣織と伝えられる重厚なカーテンである。
それにしてもこのカーテンロッド、75年も前のものだが今でも素敵ではないだろうか。  


Posted by そらねこ at 21:51Comments(0)

2017年01月05日

ロケでの変身


もうすでに放映は終わっているが、去年の夏にNHK BSの短編ドラマのロケが行われた。
もちろん全て屋敷だけでロケが行われたわけではないが、30分のドラマに2日掛かりで。
総勢40人ほどのスタッフがトラックで荷物を運び込み、屋敷がドラマの舞台へと変わっていく。
持ち込んだ小道具の半分くらいは映像に出てこないが、雰囲気作りのこだわりが感じられる。
そこにあるのは、いつもの見慣れた屋敷とは違う空間であった。


  


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2017年01月04日

絵師との付き合い

昨日の続きのような話であるが、ご容赦願いたい。
こちらも屋敷に残っている色紙だが、食堂の国立公園図を描いた北川金鱗である。
ちゃんと「玄鶴霊芝」と書かれているので、正月の挨拶用だったのだろうと思われる。
丁丑とあるので、昭和12年に描かれたものであろう。
屋敷の建造前ではあるが、油脂加工社(現マノール)の現役社長の頃からの付き合いか。
まあ相当懇意でなければ、あんな面倒な絵画を引き受けたりはしないだろうと思うし。
その辺の話はあまり伝わってないのだが、下絵と思われるものが屋敷に残されている。
おそらくは屋敷に出向いて、あの長大な絵を描いたのではないかと思われる。  


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2017年01月03日

パトロンとしての龍次郎翁


さすがにしばらく屋敷にご無沙汰していると、画像のストックも無くなってしまう。
ネタ切れということで、色紙の話をもう少しするとしようか。
先日も書いたが屋敷に残された色紙はほとんどは、即興で描かれた席画であろうと思われる。
ほとんどの色紙には落款があるので春邦の作とわかるのであるが、中には書きかけも残っている。
残された色紙は南部春邦のものが大半ではあるが、他の絵師のものもあるというのが龍次郎翁の付き合いの広さを物語っているのではないであろうか。
例えばこちらなどは、食堂の国立公園図を描いた北川金鱗のものである。
色紙があるということは、それなりの付き合いがあったことが考えられる。


  


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2017年01月02日

小さな色紙なれど

屋敷の中には板戸絵や衝立、掛け軸や屏風・額装などの絵画があちこちに存在する。
普通に見学したのなら、圧巻は別館の食堂であろう。
屋敷を飾る画を描いたのは、大半が南部春邦である。
屋敷建造の頃には春邦画伯は三鷹に居を構えていたようであるが、龍次郎翁とはかなり懇意であったようである。
あるいは翁は、画伯のパトロンであったのかもしれない。
手紙などもかなり残っているし、かなりの数の色紙がそのつながりを物語っているのかも。
色紙は席画であろうと思われるが、かえって春邦氏の好みが見えるようである意味興味深い。  


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2017年01月01日

年明け

明けましておめでとうございます。

誰もいない屋敷は、まだ眠りについたままである。
あるいはかつての暮らしの、夢を見ているかもしれない。
眠りから覚めるまで、今しばらくお待ち願いたい。
しかし改めてこの屋敷は、杜の中にあるのだと実感する。
中門近くまで来ても木々に隠され、建物が見えない。
訪れる方はここで、思い切って足を踏み出して頂きたい。
そこに見える石段が、不思議の世界への入り口である。  


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2016年12月31日

おおつごもり

樋口一葉の小説ではなく、そのまま大晦日のことである。
平成二十八年も、あと数時間で終わる。
もちろん屋敷には今は誰もいないのであるから、当然明かりもついてはいない。
ただ人が住んでいた頃であれば、こんな雰囲気であったのかもしれないと想像する。
子供の頃を思い出すと、冬場の夕餉はわりと早い時間だったような気がする。
まして大晦日であれば年越し蕎麦もあるので、軽く早めに済ましていたかもしれない。
龍次郎翁はすでに、ウヰスキーなどを聞こし召されていたかも・・・。  


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2016年12月30日

屋敷の年の瀬

現実には屋敷は今、束の間の眠りについているはず。
だが屋敷はもしかしたら、在りし日の夢を見ているのではないかという気もする。
暮らしていたのは少人数であったろうが、年末年始の挨拶はかなりの人数だったろう。
屋敷内の御節もさることながら、振る舞いの準備はさぞ盛大だったのではと思う。
今でも杵臼が残っているのであるから、餅もかなりの量を搗いたのではないだろうか。
そもそも「お年玉」とは、挨拶の土産の餅のことだと聞く。
多分今頃屋敷の中では世話になった人たちが、そんな作業をしているのかもしれない。  


Posted by そらねこ at 20:09Comments(0)

2016年12月29日

独り言


あるいは、愚痴と解して頂いても構わない。
私は「旧矢中邸」というこの屋敷がとても好きである。
それはこの建物が魅力的なこともあるが、ここを甦らそうという若い人たちが好きなのだ。
だからこそ彼らの意思をつなぎとめるためにも、あえてNPOの理事長を引き受けたのであるが。
しかしどうも創立メンバーと新メンバーとの調整すらままならない状態である。
お互いの意見はわかるし、組織を活性化することにも異論はないのであるが・・・。
毎回一人で活動し、運が良ければお手伝いが来る状態で組織云々って言われても。
もちろんメンバーにとっては、まずは実生活が優先であるのは重々承知である。
日々の活動に参加できないことに対しては、仕方がないと思っている。
もちろんみんな努力してくれているのであろうが、予定の組めない参加は作業計画には組み入れられない。
いや、手伝いに来てくれることはとても有難いのではあるが・・・。
いろいろ意見はあるだろう、しかし今ここに確実にいるのは私一人なのだ。
皆さんと対話はしたいし対応はしたいが、一人だけの活動に組織論を言われても落ち込むだけだし。
生半可なところであればすでに逃げ出しているが、屋敷だからなんとか踏みとどまっているのだ。
でも愚痴を言えば、責任者として不適当な行為と言われてしまうし。
まあとりあえず、完全に切れない間は現状を維持していこう(ふぅ)  


Posted by そらねこ at 19:05Comments(0)