つくば市北条にある古いお屋敷。 通称『矢中御殿』を覗いてみれば・・・ 懐かしいような、不思議な風景があちこちに。 そんな風景を、ちょっとつまみ食いしてみましょう(笑)。

2017年04月27日

屋敷を守った工夫


40年も無住でいながら残ったのは、龍次郎翁の工夫が生かされているのではないだろうか。
もちろん上質な高級素材をふんだんに使い、丁寧な仕事をしているのも一因であろう。
だがおそらくは、翁がこだわった通気や換気の工夫がこの屋敷を守ったのではないかと思う。
そしてそれこそが、龍次郎翁の屋敷に対する思いであったのだろう・・・。
見るものが驚く別館食堂の板戸絵が残ったのも、中央の照明部分だけではなく四隅の和風ダウンライトまで換気口になっているという徹底ぶりからなのであろう。  


Posted by そらねこ at 18:07Comments(0)

2017年04月25日

残ったのは何故だろうか

屋敷自体は古い部分でも、まだ百年も経っていないのだ。
そのくらいの歴史を持つ家は、数多く残っていると思う。
しかしそんな家が立派に残っているとしたら、人が住み続け手入れし改装したりしたからではないだろうか。
屋敷で驚くことは、ここが四十年余りも無住で手入れもされていなかったからである。
それは龍次郎翁の創意工夫なのかそれとも翁の思いか。
震災や竜巻に際しても、その以前に若者たちを呼び寄せていたのではないだろうか。
所有者が変わりNPOが発足し国の文化財に登録が決まったのが、まさに震災のタイミングだったのは偶然だったのだろうか。
そして未曾有の竜巻の被害は翁の思いだけでは防ぎきれないから、彼らが呼ばれたのかもしれない。  


Posted by そらねこ at 18:41Comments(0)

2017年04月24日

窓景新緑

普通に考えて庭木のもみじの梢を、二階の窓から見上げることはあるまいと思う。
しかし屋敷の庭木たちはおそらく、半世紀ほどは自由に枝葉を伸ばし続けていただろう。
”矢中の杜”とはよくぞ言ったもので、既に森の木に近い。
しかし窓の正面に広がるもみじの新緑は、まるで壮大な一幅の画のように見えるのだ。
まるで画が現実化し、動き出したような気にさえなる。
そこは静かである・・・。
柔らかな新緑は騒めきすら発せず、かすかに遠くの子供の声が聞こえるばかり。  


Posted by そらねこ at 18:13Comments(0)

2017年04月23日

朝はトーストで?

多くの部分が戦前に建てられた屋敷ではあるが、当然戦後の生活もあった。
食事もカマドから始まって、電気やガスを使う調理器具へと変わっていく。
案内する時にもまずはカマドから見ていただくのだが、だんだん新しいものになる。
そして最後に紹介するのが、このトースターである。
それこそ聞いたことがあるとか見たことはあるのレベルから、このトースターに来ると何か親近感が湧くようだ。
たとえ使ったことがなくても、トーストは十分に理解できるからだろうか。  


Posted by そらねこ at 13:58Comments(0)

2017年04月21日

踊子草の季節

そんなに見かけないと思っていたのだが、踊子草は国の調査ではどこにでも見られるありきたりの花らしい。
まあ確かに時折、コロニーを見かけることはあるが。
屋敷では奥庭にかなり自生しており、一時期は庭を埋め尽くすほどの時もあっただ。
雑草駆除の影響か一時期ほとんど見られなくなったが、どうやらちゃんとテリトリーを確保しているようである。
国の資料では全国至る所に群生していることになっているが、皆様においては最近お見かけしたであろうか?
まあ絶滅に瀕すれば、いきなり保護に向かうのだろうが・・・。  


Posted by そらねこ at 19:12Comments(0)

2017年04月20日

スヰッチ?

昭和初期の建物とはいえ、現実には昭和四十年代までは人が住んでいた。
生活の根底に関わる部分は、やはり改装されているのは仕方がないであろう。
台所や風呂のガス化や、蛍光灯の使用など・・・
電気系統の改善も多々あったようで、いろいろな電源スイッチが存在する。
だがおそらくは元々のスイッチは、この押しボタンタイプだったのではないだろうか。
現在のボタンスイッチとは違い、構造的にはシーソースイッチと同じであろう。
だがこのレトロ感は、なかなか味わえないと思うのだが・・・。  


Posted by そらねこ at 22:19Comments(0)

2017年04月18日

昭和の世界へようこそ

通りから覗けば、まるで忘れ去られたような空き地。
足を踏み入れれば、鬱蒼とした木々が覆い尽くしている。
そしてその奥に進むと、なんとも不思議な構造の古めかしい邸宅が目に入ってくる。
広い大谷石の階段を登り玄関を入れば、戦前の雰囲気をふんだんに残す昭和の館へと。
ほとんどの家財道具をそのままに残し21世紀に目覚めた”矢中の杜”は、矢中龍次郎翁の残してくれた貴重な遺産なのである。
「百聞は一見に如かず」とはよく言ったもので、いくら言葉を尽くしてもその魅力の一欠片しか伝えられない。
小一時間のガイドなどくどすぎるように思えるだろうが、実際には物足りなさを感じるであろう。  


Posted by そらねこ at 17:57Comments(0)

2017年04月17日

自然が庭を埋めだす

ノイバラが花を咲かせているようでは、荒れた庭だと言われても仕方があるまい。
屋敷の庭の管理は、NPOに取っても頭痛の種である。
龍次郎翁のように資力があれば、手入れを行き届かせられるであろうが・・・。
ただこういう庭は、個人的には決して嫌いではない。
もちろん荒れ放題に草で覆われた庭がいいわけではない。
だがある程度は、自然が作り出す美しさもあっても良いのではないかと思うのだ。  


Posted by そらねこ at 16:32Comments(0)

2017年04月15日

いよいよ新緑の頃か

屋敷のもみじが、小さい赤い花を無数に咲かせ出す。
そして同時に、淡く光が透き通る若葉も芽生えている。
少し遅れている今年の桜はまだ楽しめるが、季節は新緑の頃へと移ろいでいるようだ。
もみじの花は次回の公開日までには散りそうだが、新緑はこれからが楽しみとなる。
庭には踊子草とかも咲き出すが、見上げる新緑もまたなんとも言えない雰囲気がある。
ウグイスを始めシジュウカラなどの鳴き声も、静寂な屋敷によく似合うと思えるのであるが。  


Posted by そらねこ at 19:05Comments(0)

2017年04月13日

週末はまだ見られるかも

開花が遅かったとはいえ、今度の公開日はもう四月半ば。
例年ならばもう葉桜となるが、今年はどうであろうか。
さすがに見頃の満開とはいかないだろうが、上手くすれば散り際が楽しめるかも・・・・。
屋敷の庭はこれから新緑の季節となるのであるが、それはまた庭に生える雑草との戦いの始まりでもあるのだ。
強力な除草剤を大量に散布するとか、庭の表面をアスファルトなどでコーティングするとかの手段もあるだろう。
だがそれでは庭が死んでしまうので、やはり人力で草を抜くしかないだろう。
まあおかげで諸葛草や、踊子草の姿が見えるのであるが。  


Posted by そらねこ at 22:29Comments(0)

2017年04月12日

雨が空から降れば


昨日の雨は確かに肌寒く、穀雨の雨には程遠かった気がする。
それでも大雨とは違い、凍てつく雨ではもうないだろう。
地が潤い草木が芽吹く、そんなきっかけになるような雨であったようだ。
桜の花見にとっては残念な雨であったが、植物にとっては待ち望んだ雨であろう。
これから新緑が栄え始めるのであるが、同時に雑草も勢いを増す頃か。  


Posted by そらねこ at 21:48Comments(0)

2017年04月11日

気付かない花なれど

紅葉の木に咲く花は、皆様ご存知であろうか。
ピンクのプロペラ状の若い実を、花だと思っいる方が多いかも知れない。
だがあれは、未熟とはいえ既に実なのである。
花は小さく、単体ではほとんど気づかないであろう。
紅葉の新緑がなんとなく赤みがかって見える時は、実は花が咲いているのである。
時期間まさにこれからなので、興味のある方はぜひご覧いただきたい。
ルーペが欲しくなるほど小さな花ではあるが、よく見るとなかなか可憐である。  


Posted by そらねこ at 22:07Comments(0)

2017年04月10日

こんな花もお出迎え

床の間から見える藪椿や、借景の桜に目を奪われてしまうが、屋敷の中門の上には姫椿が咲き誇っているのだ。
もちろんこの樹も庭木サイズではなく、見上げなければ気づかない高さなのであるが。
まあ不思議の世界のお出迎えであるので、今更さして驚くほどのものでもないだろう。
まだしばらく咲くだろうから、今度の公開日には足元からも花が出迎えてくれるか。
屋敷が醸し出す不思議な雰囲気は、計算されて作られたものではないと思う。
思いがけない偶然と龍次郎翁の思いが、この空間を作り出しているのであろうか。  


Posted by そらねこ at 19:01Comments(0)

2017年04月09日

雨中遠桜図


雨天の中なれど屋内から桜花を楽しむ、再三語るが屋敷の中には桜は一本もないのであるが。
奥に隣接するのが北条小学校なので、そこの桜を我が庭のもののように楽しめるのだ。
間近で見る桜も良いのだが、少し距離を置き全体が見れるのも悪くない。
そして雨中であれば、窓越しに見る桜はなかなかの贅沢であろう。
さて今年の桜も見頃はあと数日であろうか、あとは庭に花びらが散り出すばかりとなる。  


Posted by そらねこ at 23:15Comments(0)

2017年04月08日

今年の借景

少し遅れたが、屋敷にも桜の季節が来たようだ。
幾度も書いてはいるが、実は屋敷の敷地内には梅も桜もないのである。
だがそこはよくしたもので、隣接する北条小学校の桜が借景で楽しめるのだ。
生憎のお天気ではあるが、屋敷の部屋から窓越しに眺める分には小雨も風情である。
今日は昼はのんびり花見でもしながらなどと思っていたのであるが、思いもよらぬ千客万来の事態となった。
さてこの桜の借景はまだ満開までは行っていないので、今度の15日の公開日にも楽しめるのではないかと思うので、ぜひ静かな花見をお楽しみ願いたい。  


Posted by そらねこ at 23:42Comments(0)

2017年04月04日

屋敷の花見

屋敷には桜は無いのであるが、なんと裏が北条小学校。
当然桜が植えられていて、地元の方にとってはある意味名所ともなっている。
その桜を屋敷からは、大谷石の塀越しに楽しめる。
別館の二階からなど眺めると、とても借景とは思えないくらいの絶妙な配置である。
今年は開花が遅いようで、画像は昨年のものである。
やっと暖かくなってきたので、満開とは行かずとも今度の公開日には楽しめそうだ。  


Posted by そらねこ at 23:23Comments(0)

2017年04月03日

手入れもされない椿ながら

屋敷にある椿は、植えられてから60〜70年は経ているのではと思われる。
他の庭木と同様に、少なくとも半世紀は手入れをされていないだろう。
それでも毎年、たくさんの花を咲かし続けているのだ。
そんなに大きな木ではないが、人の手が入ったものよりもはるかに生命力を感じる。
成長は遅いが寿命が長いと言われる椿であるので、まだまだこれからなのかも。
屋敷の庭木はどれを取っても、長い放置でかなり野生化しているという気もするが。
庭木の概念をはるかに超えた、「杜」のパワーを感じるのもまた楽しいかもしれない。  


Posted by そらねこ at 18:07Comments(0)

2017年04月02日

この春の主役は・・・


別に屋敷には限らないが、庭に生える草々にも勢力争いとかがあるようだ。
放っておくと庭を埋めつくさんばかりの雑草には、あの手この手でお引き取り願っている。
がしかしそんなにお手柔らかに退去いただけるはずもなく、彼らも勢力争いを繰り返している。
今年の春はどうやら、スミレが勢力を伸ばしているように思える。
この後どうなるかはわからないが、今の所中庭あたりはスミレが咲き誇っているがまあいいか。  


Posted by そらねこ at 23:23Comments(0)

2017年03月31日

変色なのか着色なのか

別館の二階の板の間の向こうには、本来はあと二部屋くらい部屋があったのだと聞く。
そこからは奥の池に降りられるような、粋な出入り口の階段があったらしい。
しかし無住となったあととなってからは、そこはまさに格好の進入口となった。
業を煮やしたかつての所有者は、その部分を取り壊してしまうしかなかったのだろう。
その跡が別館北側の、壁の漆喰の色合いに残っている。
ところで気になるのがこの漆喰の色の違いなのであるが、単なる経年による偏食だとは思えないのであるが。
元々の漆喰(おそらく昭和28年のもの)は、白色というよりも僅かに薄紅色をしているように見える。
もしかしたらこの漆喰壁にも、龍次郎翁のいたずら こだわりがあるのではないかと思ってしまう。  


Posted by そらねこ at 19:01Comments(0)

2017年03月30日

夢幻の如くなり

今か今かと咲くのを待ち望んだ白木蓮であるが、咲けば淡くもその花びらを散らす。
その様を昭和初期の歪んだ窓ガラスが映し出し、なおさら非現実な世界の様相となる。
白く大きな花が咲きそろう様は華やかであるが、儚く散る様には世の無常さえ感じる。
そしてそれを直に見るのではなく、年を経た少し歪んだガラス窓に映り込んだ影として見ているのである・・・。
「世間虚仮」、ふとそんな言葉を思い浮かべてしまった。  


Posted by そらねこ at 18:21Comments(0)