つくば市北条にある古いお屋敷。 通称『矢中御殿』を覗いてみれば・・・ 懐かしいような、不思議な風景があちこちに。 そんな風景を、ちょっとつまみ食いしてみましょう(笑)。

2016年08月28日

ブリキのおもちゃ


屋敷に残っていた、ブリキ製のおもちゃ。
トラックと思ったら、荷台が持ち上がるギミックがあった。
ああダンプカーなのかと思ったが、それにしてはかっこよすぎる。
アメ車という感じなので「オキュパイド・ジャパン」かと思えるが、表示は見当たらない。


  


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2016年08月26日

付書院欄間の組子細工


別館二階の奥の部屋は、本格的な床の間となっている。
何度か紹介しているが、付書院の組子細工がなかなか見事であると思う。
この部屋は昭和28年の竣工であるから、屋敷の中では新しいが63年くらい経っている。
だが実際に使われたのは10数年に過ぎず、ほとんど幻の部屋であったようである。
だからこそ当時を知る方々にとっては、感慨深い場所なのかもしれないが・・・。
付書院の欄間には麻の葉の組子が並ぶのだが、真ん中の部分だけ少しパターンが違う。
麻葉文のバリエーションだと思っているが、正式な呼び方があるのであろうか。


  


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2016年08月25日

天袋の引き手

屋敷の中ではどうしても、画や装飾に目を奪われる。
だがそんな大きなものでなくとも、見事なものはたくさんあるのにお気づきだろうか。
例えばこれは別館二階の床の間の、床脇の天袋の引き手なのであるが。
襖の引き手などと比べたら、ほんの小さなものである。
だがその仕様は、実用的というより装飾的と言えよう。
当然これは既製品では無く、特注の誂えものだと思われる。
こんな細かいところでも、めざとく感心される見学者がいらっしゃるのが驚きである。  


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2016年08月24日

贅沢というものは


別館二階の奥の板の間の照明器具は、残念ながら今は点灯出来ない。
だが板の間が綺麗に整備され、夜にこの照明に灯がともったら綺麗であろう。
窓の外には池と奥庭が、街灯に照らされてぼんやりと浮かんでいたのであろうか。
この火屋も元々は、金属部分に金箔が貼られていたのかもしれない。
そして床板もさることながら、天井板の美しさには呆れるばかりである。  


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2016年08月23日

空池に溜まった水

近年久々の事ながら、見事に台風が関東を通って行った。
去年の水害の記憶も苦々しく、様子を見に行く時に渡る川の水量が心配である。
とりあえず屋敷には大きな被害はないが、不穏な要素があちこちに見られる・・・。
もっともそれはこの屋敷に限ったことではないのだろうから、致し方がないとしか言いようがないであろう。
まあこれも起こりうる自然現象の一つだし、震災や竜巻よりもマシかも知れない。
普段は水の無い前庭の空池に、水が溜まった風景とかを楽しむくらいの余裕がなきゃダメか。  


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2016年08月22日

秋の味覚であろうか

矢中龍次郎翁は、南部春邦のパトロンのような存在であったように想像できる。
やりとりしていた手紙なども多く残っているし、板戸絵等だけではなくかなりの数の色紙がある事からも伺える。
何度も邸を訪れては、席画で描いていったのではないだろうか。
戦後米軍大佐達が邸を訪れた時にも、ご婦人方の慰みに席画を描いたという記事も残っている。
雨戸を閉め切った部屋で、明り取りの光に浮かぶ色紙を見て、そんなことを思っていた。
ところでこれはカマスであろうか。
であれば、秋の味覚ということになろう。  


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2016年08月21日

かつての高電圧乾電池


昭和の時代には、不思議なものがいろいろと存在していたようである。
屋敷にはこんな変わった乾電池が残っているのだが、こんなものは初めて見た。
調べてみると高電圧を得るために作られた、積層乾電池であるらしい。
1.5Vの乾電池を複数組み合わせて、電圧を上げるようであるが今や9Vの006Pくらいしか見ない。
これは004Pタイプで、トランジスタラジオ用に作られた6Vの乾電池らしい。
それにしてもナショナルの英文字のロゴが、独特すぎるように思えるのであるが・・・。


  


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2016年08月20日

おかしな天気

朝から雨かと思っていたら日が射して、暑くなるのかと覚悟を決めればまた雨。
コロコロと変わる天気に翻弄されながら、午前中はいつの間にか終わってしまった。
まあこんな天気じゃ人も出歩かまいと諦めていると、見学に来られた方が!
こんな日にと感激しながらご案内を済ますと、別なグループがお見えになっている。
本日2名体制なので慌てて対応をチェンジし、続けてガイドを引き継いだ。
どうやらリピーターが仲間を誘ってくれたらしく、ありがたいことである。
ガイドを終えてお茶でもと思ったら、ちょうどまた見学の方がいらっしゃった。
お茶の対応をスタッフに任せ、続けざまに三度ガイドを・・・。
休む間もないガイドは、気づけば続けて4時間ほどとなった。
こんなおかしな天気の日にお出で頂けたのはありがたいが、正直疲れた1日であった。  


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2016年08月18日

何が貴重なのか・・・


屋敷にはそれこそ昭和の香り漂う品々が、これでもかと言うほど残っているのであるが。
残念ながら細々とした品物の貴重さが、今ひとつ判らないでいるのが現状である・・・。
伝説的な逸話として、オールドノリタケの皿で平気でカレーを食べていて叱られたとか。
些細なものでも知らなければ、その貴重さに気付かずに粗末に扱われてしまう恐れがある。
例えばこんなマッチでも、保存する価値があるのかどうか全く不明なのだ。
昭和の品々に御造詣の深い方がいらっしゃれば、是非ご指導願いたいと切に願う。  


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2016年08月16日

四畳間東の板襖


四畳的と書斎との間の板襖には、『猿猴図』が描かれている。
これも全く背景が無く猿たちが描かれているのだが、ちゃんと情景が見えるような気がする。
どことなくユーモラスで動きの感じられるこの絵は、微笑んで眺められる方も多い。
そして書斎側に描かれているのが、秋の七草と鶉の『七草図』となる。
この絵を見ると、なぜ龍次郎翁が南部春邦に板戸絵を任せたかがわかるような気がする。
ところでこの板襖の引き手をよく見ると、本来は反対であったことがわかる。
書斎側に『猿猴図』では、やはり落ち着かなかったのであろうか・・・。

  


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2016年08月15日

屋敷の穏やかさの陰には


今日は終戦記念日。
訪れるたびに穏やかに感じる屋敷であるが、戦争と無関係なわけではない。
着工昭和13年・竣工昭和28年ということは、見事に戦争の時期と重なっている。
マノール自体にも軍事物資としての側面があったろうし、龍次郎翁と軍との関係も強かったと思う。
だがあえてそんな時期に、このような穏やかな屋敷を造った翁の心中は、いかばかりであったのか。
屋敷にはこんなものが残っている。
誰がいつ使ったものかは判らないが、少なくとも日用品であるとは思えない。  


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2016年08月14日

四畳間西の板襖


表玄関ホールの衝立から右に目をやると、杉の一枚板に直接描かれた板襖の絵がある。
ホール側の画は『丹頂図』で、背景は無いがなぜか冬の絵という認識になっている。
子供が描かれているがまだ少し小さいので、子別れより前では無いかと思われるのだが。
そしてその裏面には、草花や蝶を描いた『春花図』が描かれている。
この襖絵は、南部春邦の特徴をよく表しているように思えるのである。
四条派を学んだ日本画の絵師であるが、モダンなモチーフやユーモラスな描写が見られる。


  


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2016年08月13日

表玄関の衝立


お盆休みを頂くので、しばらくの間公開がない状態である。
その上ネタのストックもなくなったので、過去の画像でお茶を濁すことに(笑)。
いろいろな所に興味を持たれる方がいらっしゃるが、とりあえず絵画は目に入るであろう。
屋敷に入って最初の目にするのは、まずはこの衝立であろう。
南部春邦の作で、片面に『菜果図』別面に『海魚図』が描かれている。
海魚図に至っては配置のラフが残っているので、ここのために描いたことが判る。

  


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2016年08月12日

夏の掘りごたつ

母屋床の間にある掘りごたつは、夏でも見られるようになっている。
本来使わない時には1畳の畳で塞ぎ、部屋を広く使えるようにするのであるが。
だがやはり、そこに実際に掘りごたつが見えていないと、説明を聞いても実感できないのではないかと思う。
それに布団が掛かっていないと、夏場でも以外と涼し気に見える気がするのである。
そしてこの時期だからこそ、こたつの中の様子をじっくりと眺められるのだし。
内緒であるが、夏でも居心地はとてもいい(笑)  


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2016年08月10日

石段の意匠

傾斜地の中腹に建てられた屋敷へは、石段を登らなければならないようになっている。
一間幅の石段には、継目も無い大谷石が使われている。
素人なので詳しい名称は判らないのだが、石段の脇のささら桁の上には御影石が乗っているのである。
それも折れ曲がった部分には、くの字型に切り出された石が乗っている。
そして最後の部分のこの造りが、独特の美しさを見せているように思われる。
普通なら手摺りまで、そのまま傾斜でもいいであろうに。  


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2016年08月09日

猛暑を凌ぐ


冷房設備の無い屋敷は、夏の暑さを凌げるような造りとなっている。
とは言え当地は当時は、真夏でも30℃を少し越えるくらいが普通であったようである。
陽射しが入らず風が吹き抜ける屋敷はさすがにこの猛暑では暑いのではあるが、それでも多少は汗をかくもののとりあえず過ごせるのが驚きであろう。
エアコンの除湿が無くとも、自然素材の調湿が心地よさを保っている。
そして今日のように北寄りの風が吹き抜けてくれれば、気温が高くても居心地はいいのである。  


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2016年08月08日

昭和初期のダウンライト?

別館一階の食堂には5ヶ所の照明があるのだが、四隅の小さめな照明は天井に埋め込まれたような形で、まさにダウンライトと言ってもおかしくないかも知れない。
凹部は円形ではなく四角ではあるが、そんなデザインも無い訳ではない。
そしてここが換気口となっていると言う構造は、今時のダウンライトよりも優れているのかも知れない気がする。
まあ見た感じは、行灯を思わせる意匠になっているように思えるのであるのだが。
それでもやはりそれが素敵に見えるのは、和洋折衷のセンスの良さであろう。  


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2016年08月07日

襖絵の遊び


母屋の居間の襖には、まだらな雲のような模様が描かれている。
だがよく見れば実はこれ、そんなに単純な柄ではないのである。
デフォメルされた動物達の絵のパターンを、雲形に染めてあるのだ。
こういう襖絵は他では見た事が無いのであるが、遊び心がいっぱいに思える。
そんな楽しい仕掛けが屋敷にはまだまだいっぱいあるので、さながら発見の日々である。


  


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2016年08月05日

縁側の屋根

母屋の縁側の屋根には、当然のように天井板は無い。
野地板に垂木、軒桁が剥き出しになっているのであるが。
龍次郎翁が建てた家であるのだから、当然のようにその辺りも当然豪華である。
野地板に良材を使っているのは当然で、垂木も二本ずつと言う意匠になっている。
そして軒桁の見事な磨き杉は、北山杉だと伝え聞く。
野地板・垂木や軒桁の半面は、屋外に晒されている。
おそらく当初は漆仕上げであったであろうが、さすがに70余年も風雨に晒された屋外部分には塗装は残っていない。
それでも木材の痩せはほとんど見られず、屋内部分に至っては年代を感じさせない程である。  


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2016年08月04日

ホールスタンド


表玄関に鏡とフックの付いた、傘立てのようなものがあるのにお気付きであろうか。
どうやらこれは『ホールスタンド』と言って、かつて英国で流行した玄関用の家具らしい。
フックはコートなどを下げる為のもので、傘立てのような箱はステッキ入れであると言う。
そして身だしなみを整えるために、鏡が嵌め込まれているのである。
屋敷のものがいつ頃のどこ製かは判らないが、ちょっと気にしてみると面白いであろう。
この存在自体が、表玄関は正装した紳士達が行き交った場所である事を物語っている。  


Posted by そらねこ at 18:41Comments(0)